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東京高等裁判所 平成2年(行ケ)115号 判決 1993年5月18日

愛知県名古屋市北区辻町一丁目三二番地

原告

オークマ株式会社

右代表者代表取締役

前田豊

右訴訟代理人弁護士

上村正二

同弁理士

安形雄三

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被告

特許庁長官

麻生渡

右指定代理人

中村和夫

奥村寿一

瀬口照雄

長澤正夫

主文

特許庁が昭和六一年審判第一五六三二号事件について平成二年二月二二日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

主文と同旨の判決

二  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和五四年七月三一日、発明の名称を「数値制御工作機械の自動計測補正装置」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和五四年特許願第九七七八九号)をしたが、昭和六一年五月一六日、拒絶査定があつたので、同年七月二三日、審判の請求をし、同年審判第一五六三二号事件として審理され、平成二年二月二二日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、同年四月二五日、原告に送達された。

二  本願発明の要旨

X軸、Z軸方向に絶対数値で位置制御される移動台に設置されX軸方向±二方向より触針が加工物に接触した瞬間にそれぞれ接触信号を発する接触検出器と、前記移動台の送りねじに連結される移動台の現在位置を検出する絶対値検出器と、前記移動台を数値制徴移動させ前記接触検出器の触針が測定すべき加工物の直径の対向する二点のその第一の点に接触したときの接触信号にて取り出した第一の点における前記移動台の現在位置を表す前記絶対値検出器の値とその第二の点に接触したときの接触信号にて取り出した第二の点における前記移動台の現在位置を表す前記絶対値検出器の値とから加工物の寸法を算出する寸法算出手段と、加工物目標寸法と前記寸法算出手段出力の加工物の寸法とを入力して工具補正分を演算させる工具補正分演算器とを設けたことを特徴とする数値制御工作機械の自動計測器補正装置(別紙図面一参照)

三  審決の理由の要点

1  本願考案の要旨は、前項記載のとおりである。

2  昭和五〇年特許出願公開第四七二八〇号公報(以下「第一引用例」という。別紙図面二参照)には、数値制御旋盤のクロススライド上に触針を有する検出ヘツドを設け、前記クロススライドの数値制御移動によつて前記触針が、目標寸法離れた被測定物直径上の二点に交互に至るようにし、前記被測定物への当接によつて生じる触針変位量を差動変圧器で構成された変換器によつて検出し、該変換器の各当接によつて生じる出力の和又は平均値を、数値制御装置の工具位置補正回路に入力して、工具位置補正を行うことを特徴とする数値制御旋盤の自動計測装置が記載されており、前記被測定物上の二つの接触点間の距離が、結果的に数値工作機械に設けられた絶対値検出器の出力と、前記変換器の出力との和によつて測定されるものであることは、昭和四四年実用新案出願公告第二六三八八号公報(以下「第二引用例」という。別紙図面三参照)に記載のものが、立旋盤の工作直径を刃物棒の移動量と該刃物棒に取り付けた検出棒の長さとの和として測定していることからみて、容易に理解できることと認められる。

3  そこで、本願発明と第一引用例記載の発明とを比較すると、両者は、X軸とZ軸との二方向に、絶対数値で位置制御される移動台に設置され、X軸方向の正負二方向より触針が加工物に接触することにより、該加工物の存在を検知し、それに基づいて信号を発するセンサーと、前記移動台の送りねじに連結される移動台の現在位置を検出する絶対値検出器と、前記移動台を数値制御移動させ、前記センサーの触針が、測定すべき加工物の直径の対向する二点のうちの第一の点に接触したことによるセンサー出力に基づいて取り出した、第一の点の位置を表す信号と、同様にして得られた第二の点の位置を表す信号とから、加工物の目標寸法からのずれを算出し、それにより工具の位置補正を行う数値制御工作機械の自動計測補正装置という基本構成で一致するものと認められ、(一)前者は、センサーとして「接触検出器」を用いるのに対し、後者は、差動変圧器を用いること、(二)前者は、位置測定のスケールとして「絶対値検出器」のみを用いるのに対し、後者は、「絶対値検出器」と「差動変圧器」を用いること、(三)前者は、前記二点間の距離と加工物目標寸法とから工具補正分を算出するのに対し、後者は、差動変圧器の出力を工具補正分の算出データとすること、で相違するものと認められる。

しかし、接触検出器とスケールとを用いた位置測定手段は、本願明細書にも記載があるように周知である(昭和五三年特許出願公開第八二三七七号公報参照)から、センサーとして、後者の差動変圧器に代えて、「接触検出器」を用い、スケールとしては、後者と同様に、数値制御工作機械中の絶対値検出器を用いることは、容易になし得ることと認められる。その場合、接触検出器自体が変位量の検出機能を有しないことは、明らかであるから、それにより補正分を直接に出力させることができないことは、明らかであり、該補正分を出力させるために、加工物目標寸法を比較対象として演算すべきことは、前記周知の測定手段を用いる場合の当然の事項であるから、「絶対値検出器」を用いる場合にも当然になすべきことと認められる。そして、被測定物の寸法を実測する以上、加工物の回転中心軸と工作機械に設定した中心軸とのずれによる誤差が補正できることについて、両者の間に差がないことは明らかであり、差動変圧器を用いない以上、それを用いることによる誤差が生じないことは、当然である。

以上のように、前記相違点は、いずれも格別のこととは認められず、更に請求人(原告)の主張を含めて、それらを総合的に判断しても、本願発明が格別の効果を奏するものとも認められないので、本願発明は、その出願前に頒布された前記刊行物に記載の発明に基づいて、当業者が容易に発明できたものと認められ、特許法二九条二項の規定により、特許を受けることができない。

四  審決の取消事由

審決の本願発明の要旨、第一引用例の記載事項及び第二引用例記載の技術内容の認定、接触検出器とスケールとを用いた位置測定手段が周知であるとの認定、本願発明と第一引用例記載の発明とに審決認定の(一)及び(三)の相違点があることは認めるが、本願発明と第一引用例記載の発明とに審決認定の(二)の相違点があること及び相違点に対する判断は争う。

審決は、第一引用例記載の発明の技術内容の認定を誤り、それにより本願発明と第一引用例記載の発明との一致点の認定を誤るとともに相違点の認定を誤り(実質的には相違点の看過)、また相違点に対する判断を誤り、もつて本願発明の進歩性を否定したものであり、違法であるから、取り消されるべきである。

1  取消事由一-一致点認定の誤り

審決は、第一引用例記載の発明における数値制御旋盤に移動台の現在位置を検出する絶対値検出器が存在することを前提に、第一引用例記載の発明の数値制御旋盤の自動計測装置においては、被測定物上の二つの接触点間の距離は絶対値検出器の出力と差動変圧器で構成された変換器の出力との和によつて測定されるものと認定し、もつて本願発明と第一引用例記載の発明との一致点の認定をしている。

しかし、第一引用例記載の発明における数値制御旋盤に移動台の現在位置を検出する絶対値検出器はなく、したがつて、第一引用例記載の発明の数値制御旋盤の自動計測装置においては、被測定物上の二つの接触点間の距離は絶対値検出器の出力と差動変圧器で構成された変換器の出力との和によつて測定されるとの認定は誤りであり、したがつてまた、このような第一引用例記載の発明の技術内容の誤つた認定に基づいてされた本願発明と第一引用例記載の発明との一致点の認定(「X軸とZ軸との二方向に、絶対数値で位置制御される移動台に設置され、」、「前記移動台の送りねじに連結される移動台の現在位置を検出する絶対値検出器と、前記移動台を数値制御移動させ」、「それにより工具の位置補正を行う数値制御工作機械の自動計測補正装置」という基本構成で一致すると認定した部分)は誤りである。

第一引用例記載の発明における数値制御旋盤は、駆動源にパルスモータを用いており、かつ、自動計測装置におけるセンサーとして差動変圧器を用いているので、位置検出器を用いる必要はない。第1図には、絶対値検出器はおろか、単なる位置検出器も図示されていない。

被告は、数値制御工作機械においては位置検出器は必須の構成要素であるとし、また、位置表示手段として絶対座標方式(アブソリユート方式)とインクリメンタル方式があるが、それらの方式による位置検出器は、ともに数値制御工作機械の位置検出器として等価なものであるから、第一引用例に絶対値検出器が開示されていると認定したことに誤りはない旨主張する。

数値制御方式には<1>インクリメンタル方式と<2>絶対座標方式の二方式があるが、<1>はオーブンループ方式とクローズドループ方式とがあり、<2>はクローズドループ方式となる。そして、数値制御方式を歴史的観点からみると、数値制御工作機械分野においては、インクリメンタル方式は、先ずオーブンループ方式が普及し、その後にクローズドループ方式へと移行してきた。そして、オーブンループ方式では絶対値検出器はおろか、位置検出器そのものを必要としないのである。

第一引用例記載の発明が特許出願された当時、日本国内においてはまだオーブンループ方式が主流であり、第一引用例記載の発明がクローズドループ方式であつて、位置検出器を有しているということにはならない。

第一引用例記載の発明における数値制御旋盤は、駆動源にパルスモータを用いており、かつ、自動計測装置におけるセンサーとして差動変圧器を用いていることからインクリメンタル方式のオーブンループ方式と考えられ、位置検出器を用いるものではない。そして、第一引用例記載の発明の自動計測装置が差動変圧器を用いる以上、位置検出器がなくても工具自動計測は可能なのである。

以上のとおり、審決の第一引用例記載の発明の技術内容の認定は誤りであり、したがつてまた、これを前提にした前記一致点認定は誤りである。

2  取消事由二-相違点の認定、判断の誤り

審決は、相違点(一)及び(三)のほか、位置測定のスケールとして本願発明は絶対値検出器のみを用いるのに対し、第一引用例記載の発明は絶対値検出器と差動変圧器を用いる点で相違している(相違点(二))と認定しているが、前1のとおり、第一引用例記載の発明においては絶対値検出器の出力を用いるものではないので、右相違点(二)の認定は誤りである(実質的には相違点の看過である。)とともに、第一引用例記載の発明において絶対値検出器の出力を用いることを前提にした相違点(一)及び(三)に対する判断も誤りである。

そして、第一引用例記載の発明のように差動変圧器を用いて位置測定のスケールとした場合、その出力はアナログ演算器に入力された後に、乘算器で乘算されて工具位置補正回路に入力され、この入力された情報に従つて、パルス分配を修正するものであるから、第一引用例記載の発明から接触検出器と絶対値検出器と寸法演算手段と、工具補正分演算器とを具備する本願発明を容易に発明し得たものではない。

第三  請求の原因に対する認否及び被告の主張

一  請求の原因一ないし三は認める。

二  同四は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

1  取消事由一について

第一引用例記載の発明や本願発明における数値制御とは、工作物に対する工具の移動量が、それに対応する数値情報で制御される手法であり(乙第一号証四一〇頁)具体的には、加工物の図面(寸法、送り速度)→指令テープ(数値情報)→情報処理回路(指令パルス列)→サーボ機構→工作機械(サーボ駆動)→加工物(加工物)という構成と情報の流れになつている(乙第二号証三頁図1・1参照)。そして、数値制御である指令テープが工具位置(X、Y、Z座標値又はΔX、ΔY、ΔZ移動量)の算出を行うものであること(同号証一七〇頁)は周知の事項である。

したがつて、数値制御工作機械において位置検出器が必須の構成要素であることは自明の理である。

そして、数値制御工作機械における位置指示手段として、X、Y、Z座標値を表示する方式即ち絶対座標方式(乙第一号証四一〇頁)と、ΔX、ΔY、ΔZ移動量を表示する方式即ちインクリメンタル方式(乙第一号証四〇四頁)があるが、これらはともに周知、慣用の互いに等価な位置指示手段である。

第一引用例記載の発明の数値制御工作機械は、当然に位置検出器を備えているものであり、その位置検出器の位置指示手段について具体的に記載はないものの、絶対座標方式又はインクリメンタル方式のいずれかである。

したがつて、審決の第一引用例の発明の技術内容の認定、したがつてまた、本願発明と第一引用例記載の発明の一致点の認定に誤りはない。

2  取消事由二について

前1で述べたとおり、第一引用例記載の発明には位置検出器(絶対値又はこれと等価なインクリメンタルを指示するもの)を備えているものであり、これを備えていないことを前提として審決の相違点の認定又は相違点に対する判断の誤りをいう原告の主張は理由がない。

第四  証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

第一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)は当事者間に争いがない。

第二  そこで、原告主張の審決の取消事由について検討する。

一  本願発明について

成立について争いのない甲第二号証(特許願並びに添付の明細書及び図面)、甲第六号証(昭和六一年二月七日付手続補正書)及び甲第七号証(昭和六一年八月二一日付手続補正書)によれば、本願明細書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果として次のとおりの記載があることを認めることができる。

1  技術的課題(目的)

本願発明は数値制御工作機械の自動計測補正装置に関する。

従来数値制御工作機械の移動台上に設置された加工物に接触した瞬間に接触信号を発する接触検出器と、該接触検出器の移動量に対応した計測用パルス列を発するデイジタル形測定装置とを備えて、加工物上の対向二点間の寸法を測定する自動計測装置があつた。このような自動計測装置によれば前記の高価なデイジタル形測定装置を必要とし更にこれを設置すべきスペースをも考慮する必要があつた。また第一引用例のように検出ヘツドの両側に差動変圧器を取り付け加工物の対向する二点の一点において表面よりΔX1入つたときの差動変圧器の電圧と、その入つた位置から加工寸法Dだけ測定方向に離れかつ二点の他の一点の表面からΔX2入つた点迄の差動変圧器の電圧に基づく演算によつて(ΔX1+ΔX2)/2に相当する補正量を最終仕上げ加工のための制御装置に入力するものがある。しかし差動変圧器の温度による誤差をさけることができない。

本願発明は、前記の高価なデイジタル形測定装置を必要とせずに、前記移動台の現在位置を検出するためあらかじめ備わつている絶対値検出器の出力と前記移動台上に設置された接触検出器とを組み合わせて加工物の対向する二点間の寸法を測定し、且つ工具補正を行う自動計測補正装置を得ることを技術的課題(目的)とする(明細書三頁二行ないし一九行、昭和六一年二月七日付手続補正書別紙一頁六行ないし一六行)。

2  構成

本願発明は、前項記載の技術的課題(目的)を達成するためその要旨とする構成(特許請求の範囲記載)を採用した(昭和六一年八月二一日付手続補正書別紙)。

3  作用効果

本願発明は、前項の構成を採用することにより、数値制御工作機械の移動台上に設置された接触検出器と、前記移動台の現在位置を検出する絶対値検出器出力とを組み合わせて加工物の対向する二点間の寸法を算出し且つ工具補正を行うように構成したので非常に簡潔な自動計測補正装置を得ることができる。したがつて、温度による影響が少なく、従来の高価なデイジタル形測定装置を不要とするのみならずこれを設置すべきスペースをも不要とする作用効果を有するものである(明細書八頁初行ないし一〇行、昭和六一年二月七日付手続補正書別紙一頁末行ないし二頁初行)。

二  取消事由一について

1  成立に争いのない乙第一号証の一ないし三によれば、岸甫編著「NCソフトウエア」(株式会社工業調査会一九七二年一一月二〇日発行)には「インクリメンタル方式 運動の目標位置を示すのに直前の位置からの座標値の増分で示す方式」(四〇四頁右欄二行ないし四行)、「絶対座標方式 すべての位置を、運動開始点、プログラム原点、あるいは機械原点から測定した座標値で示す方法」(四一〇頁右欄一三行ないし一六行)、「位置検出器 位置または移動量を検出して、転送に便利な信号に変換する機器。フイードバツク源として利用される。」(四〇図頁左欄下から一〇行ないし七行)と記載されていることを認めることができる。

また、成立に争いのない乙第二号証の一ないし三によれば、稲葉清右衛門編箸「やさしいNC読本」(社団法人日本能率協会昭和四五年六月二三日発行)には、「図1・1NC工作機械の構成と情報の流れ」(別紙図面四参照)が示され(三頁)その説明として「NCには指令テープというものがあります。何か加工しようというとき、ある約束にしたがつてその寸法とか加工条件とかをテープにさん孔します。(略)この指令テープにさん孔された数値情報(略)を情報処理回路が読みとつて、指令パルス列(略)に変換するのです。この指令パルス列がサーボ機構(例えばパルスモータ)の入力となつて機械を駆動し、指令どおりの加工がおこなわれるのです。」(三頁図下二行ないし八行)と記載され、また「6・2指令テープの作り方」の「6・2・1手計算による方法」において「1)工具位置の算出 まず工具位置(X、Y、Z座標値またはΔX、ΔY、ΔZ移動量)を算出します。座標値か移動量かは、指令テープの数値指令方式(アブソリユートかインクリメンタル方式か)によります。」(一七〇頁第6・3図下三行ないし五行)と記載されていることを認めることができる。

更に、成立に争いのない甲第一〇号証によれば、金子敏夫著「数値制御-基礎とサーボ技術-」(オーム社発行。なお、発行日は表紙に押された原告の図書室の受入れ印からして昭和四七年一〇月一四日以前であることは明らかである。)には、「NCテープからの指令が情報処理回路に入り、パルス分配を受けて工作機械を駆動するサーボ機構は、NC機の手足の役をしている。日本機械学会では、機械的位置または角度を制御量とするフイードバツク制御と定義している。(略)図2・1(別紙図面五参照)において、指令テープからのテーブル位置の指令値Ei(たとえば、X軸一〇mm移動)と、実際にテーブルが移動した位置量を検出するレゾルバからのフイードバツク量Efとを○印において比較し、Ei-Ef=ε、誤差εを前段増幅器、駆動増幅器で増幅して直流モータに印加する。すると直流モータは歯車箱を介してボールねじをまわし、テーブルを移動させると同時に、ボールねじ端に取り付けられているレゾルバを回転させる。ボールねじ一回転でテーブルが六mm進むと同時にレゾルバの出力電圧の位相が三六〇度変化するので、この位相変化量をフイードバツク量Efとして、指令値の極性に対し逆極性、すなわち負のフイードバツクをとらせると、直流モータが回転してEfを変化させ、εが○になると直流モータにかかる電圧が○になるから直流モータは停止する。

このように、フイードバツクをかける方法、すなわち検出器を取り付ける位置によつて、閉ループ制御、セミ閉ループ制御、開ループ制御の三種類がある。」(九頁二行ないし一〇頁九行)、「図2・2(別紙図面六参照)に示す制御系のように、制御量すなわち往復台の位置を検出器(略)で検出し、この量が目標値と一致するように負フイードバツクさせている系を閉ループ制御といつている。」(一〇頁図上二行ないし図下一行)と記載され、図2・2「閉ループ制御の構成」には往復台に検出器が記載されていること、また「2・3 開ループ制御」の項には「電気油圧パルスモータまたは電気パルスモータを使用する場合(図2・4(別紙図面七参照))がこれである。フイードバツクはパルスモータの中にあつて、刃物の移動は直接フイードバツクされない。」(一二頁二行ないし図行)と記載されて、図2・4「開ループ制御の構成」の往復台には検出器が示されていないことを認めることができる。

2  前1で認定した各刊行物の記載によると、本件出願当時の数値制御工作機械の数値制御は以下のようなものであると認めることができる。

すなわち、数値制御工作機械とは、指令テープから絶対座標方式又はインクリメンタル方式による工具位置の移動についての情報が数値制御装置に入力され、サーボ機構によりモータを回転して工具位置を移動させ被加工物の加工を行う。

インクリメンタル方式には閉ループ方式(クローズドループ方式)と開ループ方式(オープンループ方式)等があり、閉ループ方式(クローズドループ方式)の数値制御工作機械にあつては工具位置の移動量を検出器で検出し、それを数値制御装置にフイードバツクしていき、この移動量が目標値と一致したときモータが停止して工具位置の移動を停止させる。

一方、開ループ方式(オープンループ方式)の数値制御工作機械にあつては、モータとしてパルスモータを使用し、工具位置の移動量を検出器で検出して数値制御装置にフイードバツクすることはせず、目標パルス数と発生パルス数との差が○になつたときにパルスモータが停止して工具位置の移動を停止させるものである。

数値制御工作機械である以上、必ず絶対座標方式又はインクリメンタル方式による数値情報により工具位置を制御するものであるが、しかし、そのことから、数値制御工作機械においては制御された結果としての工具位置の現在位置を絶対座標方式又はインクリメンタル方式により検出することが必然であることにはならない。パルスモータを使用するオープンループ方式のものにあつては、工具位置の現在位置を検出して数値制御装量にフイードバツクするものではないからである。

3  第一引用例に審決認定の数値制御旋盤の自動計測装置が記載されていることは当事者間に争いがない。

そして、成立に争いのない甲第三号証によれば、第一引用例には次のような記載があることを認めることができる。

「数値制御装置11は外部から入力される指令情報に従つて刃物台5の移動を行わせるために、X軸パルスモータ14、Z軸パルスモータ13にパルス分配を行う。更に数値制御装置11は工具補正位置回路12に入力された情報に従つて前紀のパルス分配を修正する働きをする。」(二頁右下欄一行ないし七行)。

「検出ヘツド21の移動は刃物台5の移動と同じく、外部からの指令情報に従つて数値制御装置11によつてX軸パルスモータ14、Z軸パルスモータ13にパルスを分配することにより正確に行うことができる。まず検出ヘツド21は計測開始位置Cに移動する。

次に検出ヘツドは中仕上加工で加工されている穴の内壁に触針22の先端51(S1の誤記と認める)。をかならず接触させるため、穴内壁より内部のP2へ該触針の先端S1が至るようにX軸パルスモータ14にパルスが与えられて移動する。触針22の先端S1は穴の内壁の点P1に接するので、触針22は点P1と点P2の間の距離ΔX1だけ移動され、差動変圧器221には該移動に応じた電圧e1を生ずる。差動変圧器221の出力電圧e1はアナログ演算器17に入力される。

次に前記点P2から穴が最終的に加工されるべき内径の寸法DだけX方向に離れた点P4に触針23の先端S2が至るようにX軸パルスモータ14にパルスが与えられ正確に移動が行われる。しかし触針23の先端は点P4に至る前に穴の内壁の点P3に接触し、触針23は点P3と点P4の間の距離ΔX2移動され、差動変圧器231に該移動に応じた電圧e2を生じる。差動変圧器231の出力電圧e2はアナログ演算器17に入力され、該アナログ演算器は(e1+e2)なる演算を行い、該アナログ演算器の出力は乗算器19で1/2にされて後A-D変換器18に入力される。A-D変換器18の出力は工具位置補正回路12に入力される。すなわち工具位置補正回路12には(ΔX1+ΔX2)/2に相当する補正量が入力されるものであり、中仕上加工時の穴に対する最終仕上加工をするために必要な補正量が入力されるのである。」(三頁左上欄六行ないし右上欄一八行)

右認定の第一引用例の記載によれば、第一引用例記載の発明における数値制御旋盤はパルスモータで駆動されるものであることが認められる。

そして、前掲甲第三号証によれば、第一引用例には、絶対値検出器はもちろんのこと、単なる位置検出器も示されていないことが認められるばかりでなく、前記パルスモータへのパルス分配制御による数値制御が通常のパルスモータを用いたサーボ機構とは異なる特殊な構成のものであることを示唆する格別の記載は存しないことが認められる。したがつて、第一引用例記載の発明における数値制御旋盤は、インクリメンタル方式によるオープンループ方式のものと認められ、移動台の現在位置を検出する絶対値検出器を備えているものとみることはできない。

被告は、第一引用例記載の発明における数値制御旋盤が数値制御されるものである以上絶対値検出器を当然に備えるものである旨主張するが、移動台が絶対値による数値情報により制御されることと、制御された結果としての移動台の現在位置の絶対値を検出することとは同じものではない。

審決は、その認定した第一引用例の記載事項に基づいて、第一引用例記載の発明の自動計測装置において、被測定物上の二つの接触点間(P1、P3間)の距離が、「結果的に」、「数値制御工作機械に設けられた絶対値検出器の出力と、(差動変圧器で構成された)前記変換器の出力との和によつて測定される」ものと認定している。

審決がいう右「絶対値検出器の出力」とは、第一引用例の記載事項として認定した「数値制御旋盤のクロススライド上に触針を有する検出ヘツドを設け、前記クロススライドの数値制御移動によつて、前記触針が、目標寸法離れた被測定物直径上の二点に交互に至るようにし」たことを指していることは審決の理由の要点から明らかである。

すなわち、審決は、クロススライド(したがつてまた、検出ヘツドの触針)が数値制御移動させられることをもつて、距離の測定に絶対値検出器の出力を用いることと同視しているものである。そして、このことは、審決が第一引用例記載の発明の自動計測装置が距離の測定に絶対値検出器の出力と差動変圧器で構成された変換器の出力との和を用いるものと認定した根拠として、立旋盤の工作直径を刃物棒の移動量と該刃物棒に取り付けた検出棒の長さの和として測定する第二引用例記載の考案を引用していることからも明らかである。

しかし、第一引用例記載の発明の自動計測装置において、絶対値による数値制御によりクロススライドを移動させる(目標寸法移動すべき指令が出され、それに必要な数のパルスによりパルスモータを回転させてクロススライドを移動させる)としても、このことは、クロススライドの現在位置の絶対値を検出し、その出力を距離測定に用いることと同一のものと認めることはできないものであり、審決の右判断は誤りというべきである。

4  本願発明は、スケールとともに位置測定の手段において用いられることが周知な接触検出器が被測定物の一点に接触した時の移動台の位置と他の一点に接触した時の移動台の位置のそれぞれの絶対値の差(その差は移動台の移動量である。)をもつて二点間の距離を測定するもので、極めて基礎的な原理に基づくものではあるが、審決は、第一引用例記載の発明における数値制御旋盤も移動台の現在位置を検出する絶対値検出器が設けられ、自動計測装置も絶対値検出器の出力を用いるものと認定したものであり、その認定が誤りである以上、その認定に基づく本願発明と第一引用例記載の発明との一致点の認定、即ち、本願発明と第一引用例記載の発明とが移動台の送りねじに連結される移動台の現在位置を検出する絶対値検出器を用いて工具の位置補正を行う数値制御工作機械の自動計測補正装置という基本構成で一致すると認定したことは誤りであり、審決はその点で既に違法であるといわざるをえない。

三  よつて、その余の点について検討するまでもなく、原告の審決の取消事由の主張は理由があり、審決は違法として取消しを免れない。

第三  よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法八九条の規定を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 成田喜達 裁判官 佐藤修市)

別紙図面一

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別紙図面二

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別紙図面三

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別紙図面四

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別紙図面五

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別紙図面六

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別紙図面七

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